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柿の実がついていた


RIMG0008.jpg今日の札幌は晴れ、気温は20℃を下回ったが、陽が射した分、暖かさを感じた。

近所を歩いてみたら、更地に遺されていた柿の木の葉に隠れて、柿の実がついていた。

この更地には、2年ほど前まで木造2階建ての集合住宅があった所なのだ。

この更地に建っていた集合住宅の所有者は、独身老人であったように覚えている。

土地に遺された柿の木は、奥さんが何となく植えたものが、桃・栗3年、柿8年で、何となく育ったものなのだが、妻の形見として私が育てていると、その独身老人は、撤去された集合住宅経営当時、私に、そう教えてくれたのを覚えている。

そんな思い出がある柿の実も、以前よりは着果数が少ないように見えた。

清涼飲料水の宣伝カー


RIMG0003.jpg今日の札幌は晴れ、気温は15時ころで15℃前後と寒かった。

先日、街を歩いていたら、見慣れない車が駐車し、その付近に沢山の人が集まっていた。

私も、ソ~ット人々の肩越しににぞいて見たら、オーストラリアに本社がある清涼飲料製造会社の宣伝カーだった。

レッドブルと言う炭酸飲料水を、無料で通行人に、一缶あて配り試飲させていた。

配布を受けた人たちは、20代の若い人たちが多かったが、私は、自ら進んで貰いに行き、老人としては貴重な一本をゲットした。

アルギニン酸を入れてあると聞いたので、飲むのには躊躇したが、飲み味はまぁまぁだった。

ただ、この缶のプルタグには、通常の缶と異なりレッドブルの商標である、牛の模様が打ち抜かれていたのが斬新に見えた。

二週間ほど前のTVで、来年の消費税増税の適用税率の話を放映していた。 

それによると、炭酸飲料のような清涼飲料水は、制限税率とやらで、聞き違いでなければ8%に据え置かれると言っていたので、このドリンクの売上は消費税増税後も落ちないだろうなどと、余計な推測をした。

この炭酸飲料を配布していた宣伝マンは、世界171ヶ国で、このドリンクが販売されていると、胸を張っていた。

世界に疎く行動半が狭い私は、このドリンクの名前さえ知らなかったが、試供品を試飲させて貰い、製品名を覚えた。

紫の朝顔姫が咲いた


RIMG0001.jpg今日の札幌は一日中晴れ、一時雨で気温は低くなったが、陽も射したため、ほどほどの温かみだった。

家内がプランターで育てているアサガオに、遅咲きの花一輪が咲いた。

アサガオは、別名を、七夕の彦星の名を取り、牽牛花とも言う。また、彦星の恋人が織姫であることから、姫の名を借り、朝顔姫とも言う。

植えていたアサガオの蔓が急に伸び始めたので、ビニールの紐を添えて蔓を延ばしてやったものだ。

加賀の千代女が詠んだ「朝顔に釣瓶取られてもらい水」ほどの、優しい家内の気持ちが、この朝顔姫にも伝わったのだろう。

我が家では、ここ十年ばかりの間は、アサガオの種子を買って栽培したことは無い。

このアサガオも、ひと昔前に植えたアサガオから落ちた種子から伸びた幼い蔓を、プランターに植え替えたものだ。

植物の命そのものの素晴らしい強さと、その命を大切に栽培する、人間の優しい心根とを、今日は感じた。

地面に捨てたプランターの土の中で育まれた朝顔姫の命を、来年もまた、美しく咲かせて欲しい。

白石城


DSC_0357 (2)息子夫婦が、14日から嫁の実家のお墓参りに出かけた。

スケジュールを聞くと、孝行心を表に出しながらも、どうやら、純粋な孝行心ではなく、観光旅行のようにも感じられた。

本日、メールで、松尾芭蕉が「松島や あぁ松島や 松島や」と詠んだ松島の景色のほか、巡った観光地で撮影した数枚の写真を送って来た。

その中の一枚に、城に興味がある私のため撮ってくれたと思われる、白石城の写真があった。

白石城は、ご案内の通り、伊達藩の居城である仙台城(青葉城)の他に築城された支城で、片倉小十郎景剛の居城だ。

徳川時代は、一国一城が決まりであったが、熊本(加藤清正)の八代城と、仙台の白石城だけは例外として支城を認めたものだ。 だからこの二つの城の天守閣に相当する部分は、「大櫓」と呼ばれた。

この城は、1868年(慶応4年:明治元年は9月8日から)東北諸藩の代表が閏4月始めに白石城に集まって、奥羽鎮撫総督に嘆願書を提出する会議を開き、その嘆願書が却下されたため、戊辰戦争では、伊達藩が主導する奥羽越列藩同盟が結成されることに繋がる場所として、歴史に名が残った城だ。

そんなことから、今日一日は、晴れたり曇ったりの天気だったが、ルンルン気分で過ごすことが出来た。

復興応援キャラクター


RIMG0005 (2)今日の札幌は、午前中は晴れ、午後は14時ころ雨が降ったものの、その後は曇り。

午前中、別な要件を終え、北海道赤レンガ旧庁舎に足を伸ばして見た。

道庁旧庁舎前庭に人だかりがしていたので、恐る恐る近づいて、人々の肩越しに覗いたところ、着ぐるみの復興応援キャラクター二人が、「元気です 北海道」と書いたカードを掲げ、希望者と共に撮影に応じていた。

人だかりの人々の大半が、アジア系の旅行者のようで、赤レンガ庁舎をバックにして、2・3人の集団でピースサインをしながら、キャラクターと仲良く、記念撮影を楽しんでいた。

私も野次馬の一人として、撮影される人が交代する空白時間に、復興応援キャラクターだけを撮ってみた。

押されながらの撮影で、ブレが酷いかなぁ~と思ったが、何とかピントは合っていた。

犬も歩けば棒にあたるの、犬棒カルタの言葉は、本当なのだと気付かされた。

富山の銘菓薄氷を貰った


DSCN1888.jpg今日の札幌は、11時半頃から14時半頃までは、雨が落ちた。

午前中、親戚のご夫婦が、忙しい中を、態々、遊びに来てくれた。

先ずは、そのご夫婦のお孫さん達の成長を動画で見せて貰い、私たち夫婦も、ともにお孫さんの健やかな現況を喜んだ。

戴いたお土産は、富山県小矢部市石動町にある、白梅軒五郎丸屋と言う老舗のお菓子屋で作った「薄氷」と言う干菓子だった。

270年程前から作られていると言う北陸の銘菓で、材料は吟味され、兎の形も現代的な造形だった。

薄氷と言う干菓子は、四国の和三盆糖を使った上品な味で、家内は、美味しい美味しいと、見る間に2・3枚口に入れたようだ。

伝統の干菓子の味や形も珍しかったが、製造販売元の名字が、ラグビー選手の五郎丸さんと同じと言うのも珍しかった。

遊びに来てくれた親戚からの世間話を聞きながら、私どもの消長なども伝えながら、ともに、寛いだ半日を過ごした。

彼らは、幸いにも、雨が落ちる前に、我が家を辞された。

ローカル・クリエーターズ・エキシビションを覗いた


DSCN1884.jpg札幌の今日は、気温は低いものの晴れの予報が出ていたので、街の中まで足を延ばすことにした。

地下歩行空間の、北3条西3丁目付近で、あす日曜日までの予定で、表題の催し物が行われていた。

昔、MS・DOSやコボルのプログラモングを齧ったことがある私は、興味がそそられたので立ち寄って見たのだ。

札幌近郊の理系の大学6校が、共同で開催している行事のようで、私は、会場南端のブースの学生と立ち話を交わした。

昔のプログラミングでは、まず、プログラマーがフローチャートを書き、それに基づきチャートの各部分をプログラミング用語で、プログラミングしたのだが、今もそうかと訊ねてみた。

すると、今は、プログラムの基本形がテンプレート化され、そこから、好きなテンプレートを選び、これに、目的に合わせてアレンジをするだけだと教えてくれた。

詰まり、大半のクリエーターと称する人たちは、プログラムを、自分で新しく作るのではなく、テンプレート化されたプログラムのアレンジャーのようだった。

そんな答えに、日本人の創造性が相対的に低下するのではと、心に穴が開いたような気持ちになり、気分晴らしに南一条西四丁目交差点付近まで、散歩の足を延ばした。

西四丁目交差点に、13時半ころ到着したら、30代後半から50代前半までと見受けられる、おっさんたちが、百貨店の壁に張り付きスマホを覗いていた。

私の推測だが、多分、ポェモンGOのキャラクターの一つである卵が、西四丁目交差点に現れるのではないかと思った。

中国やロシアの飛行機の領土接近で、航空自衛隊のスクランブルが続く昨今だと言うのに、チコちゃん流に言えば「何と呑気な人達が多いことか」と、憮然たる気持ちを更に強くし帰路の電車に乗った。

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プロフィール

無陀仏(ムダブツ)

Author:無陀仏(ムダブツ)


  • 生年  1923年・癸亥
  • 生地  旭川市の中心部
  • 住所  札幌市の北東部
  • 家庭  糟糠の妻と二人
  • 晴天  老妻と巷を徘徊
  • 雨天  陋屋で専ら転寝
  • 通所  水曜日ディケア

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